Lost-Life





コンピュータ依存の高校生のひとりごと
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オタク
 俺は自分がオタクなのかどうか、真剣に考えることがある。
 最近 J-Culture の繁栄が目立っている。英語表記にしたことでおわかりかと思うが、これが世界的なものであることということが非常に重要なのだ。
 世界的に受け入れられている、認められている"オタク文化"だが、当の日本国内でのそれの評価はあまりよくないように思う。

 「綾波萌えー」と内的外的問わず口にする人間を、気味悪く思うのがオタクでない人間の一般意識だろう。

 さーて、俺はオタクなのか否か。
 今回は珍しく俺のことを書く。俺に興味のない人は読んでてもつまらないと思う。

 オタクと一口に言っても色々あるのだが、世間でそれを言うときは大抵「萌えー」と口にするアニメオタクを指す。他にも鉄道オタクやゲームオタクなど、俺が思う典型オタク像というものがあるのだが、一般の人にはそんなに深い認識はないように思う。
 今回は J-Culture のひとつ、 Anime や Manga の世界的繁栄を支えるアニメオタクについて考える。

 先述の通り、非オタクのオタクに対する目というのはとても冷ややかなように思う。

・現実での対人関係が苦手で、アニメやマンガに登場するキャラクターとしか関係を築けない。
・現実との接点は同じ趣味を持つ人間だけ。
・いやにパソコンが得意。
・メイド喫茶に行く。
・コスプレをする。
・独特の喋り方をする。
・眼鏡

 こんなのが一般人が抱くオタクの意識だと思う。明確に定義されているわけではないため、一般人が上の要素をある程度含む人間を見たら「こいつはオタクだ」と認識するに違いない。

 俺は、自分のことを「オタクだ」とか「オタクではない」とか判断できない。しかし、オタクから見れば「お前はオタクではない」と言われ、非オタクから見れば「お前はオタクだ」と言われるような、どっちつかずな位置にいるということを自覚している。流行りの隠れオタクというヤツなのだろうか。

 俺がオタクであると認識される、自認する最高の理由がパソコンとの付き合いが深いということがある。
 小学五年生のとき、「デジモンテイマーズ」という子供向けの番組に夢中になった。主題歌も挿入歌も脚本も登場するキャラクターもとても好きだった。
 「好きなものの情報はたくさんあったほうがいい」と思っていた当時の俺は、パソコンの検索サイトでこの作品に関する情報を漁った。そこで、アニメに対する強い感情を抱く人間の存在を知った。二次小説やイラスト、掲示板で繰り広げられる大人の意見。これらすべてが、小学五年生が夢中になるアニメが中心となって繁栄していた。そんな世界を垣間見た俺は、人より多くの知識を得た気分になって優越感に浸った。それから、アニメの色々な見方を覚えた。今考えると、俺のその行動といい感情といい、現在のオタクのそれらとそっくりだ。俺は小学五年生にしてオタクだったのだ。キャラクターの細かい設定、声優、すべてを暗記するまではいかなかったが、他の同年代の視聴者より卓越した知識があったのは否定できない。
 そのなかで、声優に興味を持つようになった。「この声、好きだな」と思って声優の名前を検索窓に入力してエンターキーを押すと、その声優が出演している他のアニメの存在を知ることができた。残念ながら、声優が好きだからといってその声優が出演している作品が無条件で好きになるくらい俺は声優に深い感情を抱いていたわけではなかった。結局、俺はデジモンオタク止まりだったのだ。

 アニメのオタクとしてはひと段落してしまったのだが、俺のコンピュータに対する思いは薄れなかった。小学六年生で「進路研究」の授業を受けて、その授業の中で「興味のある職業について調べて発表しなさい」という課題が与えられた。俺は迷うことなくパソコンを絡めた職業の研究を選らんだ。よく覚えていないのだが、確かひとつの職業のことを調べるのではなく、「これに興味があった場合どんな職業に就くという選択があるか」を調べるものだったように思う。俺はその時、今と違ってハードウェアのほうに興味を持っていた。マザーボードとかHDDとかメモリとかCPUとかビデオカードとか、パソコンの基本ハードのことを調べて発表した。今振り返ってみると、小学生で「BIOSってね。OSとは別、というかOSよりも基本的なソフトでね…」なんて説明できる知識を持っていたことを考えると、当時の俺は気持ち悪いくらい本格的なパソコンオタクだった。当時、ネットゲームを介して日本各地に友人を作っていたくらいだった。考えるだけでも気持ちが悪い笑 その友人のうちのひとりは今でも交流があって、親友と呼べるに相応しい関係を築いているけど。
 インターネットが面白いと感じたのは、いろいろな人と交流できる、いろいろな人の意見を知ることができるということを知ってだ。図らずとも、インターネットの世界で繁栄するアニメというものについて、知る機会は嫌というほどあったのだ。インターネットが好きな俺は、インターネットのみんなが面白いというものを見てみたくなった。知りたくなった。

 面白そうだからという理由で違法でアニメをアップしているサイト(当時はYoutubeやニコニコ動画なんて便利なものは普及していなかった)やファイル共有に手を出して、インターネットで盛り上がっている話題を知ろうとした。しかし、なんというか俺にはオタクの才能というやつは備わっていなかったようで、どれもこれもあまり気を惹かれなかった。ただ、「こういうのが面白いんだな」というオタクの観点を身につけることはできた。
 だから、なにが萌えるかとか、これは面白いとかいうのは大体わかっていた。自分が萌えなくとも面白くなくとも。そのうち、それらが自分の感情なのか、オタクの観点を配慮した感情なのかわからなくなっていった。それが今の俺だと思う。


 少し前、「電車男」というものが世間で流行って、2ちゃんねるやオタクが世間に浸透した。俺はそういう傾向を好ましく思わなかったが、これも時代の流れ、仕方がないと割り切って誰かに口にしたことはなかったように思う。当時の俺は、オタクとかネットとかがここまで世間に浸透するとは思ってもいなかったから。
 この作品のヒットを境に、俺はオタクに、アニメに陰湿なものを感じるようになった気がする。俺は海外のドラマに出会う前から、日本のドラマは嫌いだったし。


 電車男ヒット以降、俺はオタクが嫌いになったし、自分がオタクだという認識も嫌いになった。高校生になって、友人にオタクが発生するまでは笑
 日本人は、というか人間は、どうしても協調性というものを隠せない。クラスの中で、あることがきっかけで「実は俺、ハルヒが好きなんだ…」なんて告白するやつが出たかと思うと「俺だって、長門が好きなんだ…」なんて便乗して告白するやつまで出てきた。そしたらもう、俺だってオタクの観点を備えているんだから、話にのるほかなかった。結局、俺は非オタクだけどそれなりにオタクに関して理解している人間として、そのオタク集団に認識された。これが面白いとか面白くないとか、色んなことをきいた。アニメ業界も玉石混交で(というか俺の理解を超える作品が多かったのか?笑)、彼らが面白いと思うものを全部面白いとは思えなかったが、「魔法先生ネギま!」と「ひぐらしのなく頃に」という作品は好きになった。オタクらしく、作品のすべてを愛するということはできなかったが。


 さて、俺はオタクなのだろうか。
 「ネギま」は実際オタク受けのいい作品であることは間違いないが、一般受けもなかなかいいために、世間でもどう扱うかは難しくなっていると思う。マガジンに漫画を連載、アニメ化、ドラマCD化、実写ドラマ化という幅広いメディア展開をされては、アニメオタクの対象を越えてしまっている気がする。漫画のほうは純粋にバトルマンガだと感じるくらい、普通に面白い(オタクの弁明なのかもしれないが笑)。しかし「ひぐらし」のほうは、どう足掻こうとオタク受けを狙った作品でしかない。でも、これもこれで、オタク受けだけを狙った作品ではないように思うのだ。最近、友人からゲームを借りて、オタクに関する知識のない親や妹の前でプレイしているのだが、親は緻密な脚本作りに少し驚いていた。「これってオタクがやるゲームじゃないの?」と。
 そう考えると、オタクで受けている作品というのは、どこかしら必ず一般人受けするものが潜められていると思う。問題は、それを面白いと思うかどうかというだけ、キャラクターに溺愛できるかどうかだけ。
 俺はネギまとひぐらしが好きだが、エヴァンゲリオンと涼宮ハルヒは好きではない。ひぐらしが好きだからといって、ひぐらしの第二期アニメは嫌いだから見ていないし、ゲームを通して、なんとなく脚本の方向がわかってしまったときのあの遣る瀬無さも嫌いだ。
 オタクと一般人の違いは行動力の有無、嵌る力の有無だけ。
 ここでは、"行動力"はパソコンなどを使って作品のことを知ろうとする意気の強さである。作品を知ろうとした人間こそが、その作品の評価をするに相応しい。一般人はそれをしないで、独断と偏見のみで作品の評価をする。「ハルヒって学園で起こる恋愛の話しなんでしょ。現実で恋ができないオタクが好きになるわけだよ」ってな感じで。
 "嵌る力"はキャラクターや声優をこよなく愛する力であるが、こんなものはなくたって作品自体の評価はできる。これは家事で料理をする主婦と、料理が好きで好きでしかたのない料理人のようなものだろう。行動力さえあれば、誰だってネギまもひぐらしも好きになる可能性があるのだ。

 それよりも、俺が陰湿に思っているのは「学生オタク」である。俺が高校生だからこそ言える意見なのだが、アニメやゲームを勉学そっちのけで頑張る学生が俺の周りに多い。休み時間はずっとPSPを握っているやつとか。家に帰ったらニコニコ動画しか見ないやつとか。
 アニメやゲームを趣味と呼べる範囲から出てしまうと、それはハッキリ言って気持ちが悪い。真面目に生きているとは考えづらいのである。学生は、未来のために力を養う身分である。それを仕事をするかのように、アニメやゲームに時間を注ぎ込むのは、どう考えも先を見ていないアホのすることだ。
 アニメやゲームに多額の金銭を注ぎ込むのも、どうかしていると思う。そのお金がどこから出ているのかを考えてみると、なんだか空しくなってこないだろうか。アルバイトで稼いで得たものでも、自分の命を存続させてくれている資金を出しているのは親だろう。そういうのに精をだす前に、未来を作るのに精をだしたほうが利口だとは思わないのだろうか。


 学生はオタクであってはいけない。だから、俺はオタクにはなりたくない。少なくとも、自立していない今は。

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