Lost-Life





コンピュータ依存の高校生のひとりごと
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最近思うこと
 いつになく真面目に真剣に思ったと思う。

 俺は、高校生になって友達が増えた。中学生の頃と比べて間違いなく増えた。友達の新密度も間違いなく以前より高い。
 だから、俺は毎日の学校がとっても楽しいんだと思う。家にいるより、学校の友達と時間を過ごしたほうが楽しい。

 最近思ったのが、世間的に見て、この"学校が楽しくて仕方ない"という俺の性質はどこかズレているのだろうかということだ。
 俺が今まで見てきた高校生のなかで、「学校が嫌い」、「勉強が嫌い」と言わなかった人は殆どいない。いや、実際そんなにハッキリ明確に表す人はいないが、「登校日より休日が好き」という高校生は圧倒的に多い。
 俺は、登校日と休日はまったくのベツモノだと思っている。
 「チャーハンとPS3、どっちがいいか」という比較くらい、"登校日"と"休日"を比較するのは的外れだと思う。

 俺は学校に行くのが好きだ。楽しい時間与えてくれる友達がいるから。その楽しい時間を得るために必要な"勉強をする"という条件も合わせて嫌いではない。勉強をしない人間は、学校に行くに相応しくない。楽しい時間を過ごすに相応しいことをすることは大して苦ではない。
 加えて、俺は未来が好きだ。
 自分の理想の未来を描いたり、それについて行動するのも楽しい。その行動のひとつが勉強であるなら、俺はそれをも楽しいと思える。自分で言うのもなんだが、「自分は高校生の鑑ではないか?」と思うことがよくある笑
 しかし、ここで俺のイメージとして"真面目くん"とか"ガリ勉"を描いてほしくない。俺だって学校よりも重要なことがあったら学校を平気でサボるくらいの軽さはある。どうしても曲を録りたい日があって、結構な日数休んだり早退した時期があった。軽く学校の規律を破るくらいのラフさもある。どうか、俺をメガネキャラだと認識しないでほしい笑(俺は視力はぜんぜん悪くない)

 しかし、俺は休日が嫌いなわけではない。「登校日>休日」ではない。
 俺にとっての休日は、"整理の日"だ。俺は、実を言うとひとりでいるのが大好きだ。この辺は中学生のときとぜんぜん変わっていない。
 ひとりのなにが楽しいかというと、色んな設計ができるからだ。友達と楽しく喋ったり、バンドをやったり、勉強をしたりしているとき、設計はできない。その時点では、前に進んでいるだけだ。いや、前に進んでいるのか後ろに進んでいるのかすらもわからずに、ただ進んでいるだけ。その進行の方向を定めるのが、ひとりでいるときの楽しい時間だ。とても抽象的、比喩的でわかりづらいが、大雑把に言えば俺がひとりでいる時は、設計をしているのだ。もちろん、この"設計"というのは「人生とは」のような重たいものから「今日のおやつは」のような軽いものまで含まれる。ひとりで、「誰の意見も考えないで妄想に耽る」と言えば陰湿だがわかりやすいだろう。

 休日が設計係で、登校日が進行係。この関係はとても深いが、比較することはできない。
 チャーハンとPS3だって、とても深い関係を築いている。チャーハンを食べれば生命を持続することができ、それによってPS3の購入を考えたりプレイしたりすることができる。「チャーハンなしではPS3を語れない」という(とても強引だが笑)深い関係が生じ、同じ目線に持ってきて比べるということができなくなる。
 俺にとって、「休日あっての登校日」、「登校日あっての休日」なのだ。


 高校一年生のときは、「休日不要」つまり「登校日>休日」が絶対的に適用されていたが、俺も大人になったのかなんなのか、休むことの重要さを覚えたようだ。



 高校生諸君に訊きたい。「登校日<休日」か否か。「未来<今」か否か。
 俺は「登校日休日」、「未来今」で、無理やり比較するなら「登校日>休日」、「未来>今」だけど。

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