Lost-Life





コンピュータ依存の高校生のひとりごと
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ライブの楽しみ方
 ちょっと変わった楽しみ方を知ったので紹介。

※記事内に BUMP OF CHICKEN 2008 TOUR "ホームシップ衛星" in 仙台 ホットハウススーパーアリーナ で演奏した曲名を書いているので、ツアーに参加する人は要注意。

 ロックバンドのライブは腕を突き上げてジャンプしてノリにノって楽しむのが普通だと思う。みんなそうしてるし、現にやっててとても楽しい。

 けれど、先日の BUMP OF CHICKEN 2008 TOUR "ホームシップ衛星" in 仙台 ホットハウススーパーアリーナ に参加したとき、これとはまったく違ったライブ参加の仕方を見つけた。

 俺は BUMP OF CHICKEN の楽曲が好きだ。もちろん、彼らのことも好きで、彼らのライブも好きだ。ライブというのはただ楽曲を届けるのではなく、演奏しているアーティストの姿、アーティストと観客が同じ時間を共有としているという感動を届けるものでもある。同じように、観客はアーティストに歓声と想いを届ける。お互いに幸福を与え合うという素晴らしい舞台がライブだ。
 アーティストだけではなく、観客もステージを形成する大事な要素になるのがライブなら、俺が見つけたライブの楽しみ方はこれに反しているかもしれない。

 ライブで、目を閉じてみた。

  supernova の演奏のとき、ふと、目を閉じた。聴覚を研ぎ澄ませ、ほかの感覚を無視するように俺はその場で耳となった。
 足に地面を感じる触覚もあるし、ときたま演出の光が瞼を越えて視界を明るくもする。目を開けると BUMPOFCHICKEN がまさにそのときその場所で歌を演奏して、観客は腕を突き上げている、はずだ。俺はそれを見ない。ただただ、耳である俺は聴覚でのみ音楽を感じる。藤原の表情、増川のエフェクターのペダル操作、直井の観客サービス、升の汗。俺はなにも感じない。音楽の原点である音だけを感じる。ステージから一歩離れて、別世界でライブを客観視している。そんな感じがした。
 「自分は今、ここにいる誰よりも冷静だ。」そう考えると、なんとなく可笑しくなって、それでも俯いて目を閉じている俺は大切な supernova を口ずさんで、大好きな BUMPOFCHICKEN を根こそぎ感じている。それを見る別の観客が「もったいない人だな」と思うことを考えるとまた可笑しくなってしまう。
 次に演奏したアップテンポナンバー カルマ でも、俺は耳だった。きっと、誰もが腕を突き上げ飛び跳ねていたことだろう。
 
 狭い会場ではやるべきではないこの楽しみ方。アーティストの容姿や目に見えるパフォーマンスではなく、アーティスト(作曲者)の音楽を本当に愛しているなら、試す価値はあると思う。

 俺の荒んだ心は、広域に音楽を発信するアーティストが気持ちを込めて歌えば歌うほど、歌の価値が下がると思ってしまうけど、その歌を、その歌を描いた人間を愛していることは変わらない。

 そう言う意味では、 ひとりごと を歌ってくれなくてよかったのかもしれない。
 あの歌は、あの会場にきた名前も顔も知らない観客に描いたものではなかったんだろう。伝える必要はなかったんだろう。

 歌は、感情表現なんだから。

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